筆者は2022年の春から一人暮らしを2年半ほど続けている。
がらんどうのような冷たいフローリングの上で
引っ越ししてから数日は、実家から離れた寂しさから泣いていた。
一人の夜は本来、心細く、とても寂しいものだ。
物語に登場するような「『一匹狼』のような生き方をする男」は、
ファンタジーの存在であることを2年半かけて学んだ。
そして徐々に生活が乱れて、
乱れきった結果
10万円事件などを引き起こしたのが一昨年2022年だ。
時には半年以上髪を切らずにしていた頃もあった。
「荒れた心と身体と生活を自力でどうにかしなくては」
そう、徐々に筆者は真っ当になろうと少しずつ取り組んでいた。
同時に、筆者には毎日酒を飲む習慣があった。
日に日に飲む量は増え、今では日本酒換算で5合以上を毎晩飲むような状態になった。
真っ当になろうという取り組みの傍らで、
酒とタバコだけは日に日に量と本数が増えていった。
食事量が減り、代わりにお酒を飲む量は増えていった。
そして先日、仕事中に急に猛烈な不安感に襲われた。
タバコを吸っても落ち着かない。
「俺はここに居て良いんだろうか?」という意味不明な罪悪感や、
「俺はもう何も出来ない」という今更の無力感といった
思いつく限りの負の感情が唐突に溢れ出した。
ふらふらと筆者は浴室の前に向かう。
いつもなら座らない浴室の桟に腰を掛けて、タバコを吸う。
震える手で、スマホを操作して──。
あなたは「○にたい」「自○ 方法」などと検索すると
「こころの窓口」のような相談用ダイヤルが表示されることは知っているだろうか。
あまりにも不安で不安でどうしようもなく頭が混乱していたので
相談用ダイヤルに電話を掛けまくった。
平日の日中だと言うのに、まるで繋がらない。
やっとのことで繋がった後も、あちこちの相談窓口へ繋ぐこととなり
最終的には精神科の予約をするに至った。
2度目で精神科の医者に
「酒だね」
と、血液検査のデータとともに宣告されてから、いまだに禁酒は継続できていない。
この記事は「一人暮らし 男 飲酒」で検索して出てきた。
昔、どこかで
「一人暮らしの男の死亡率は高い」
という言説を耳にしたことがあった。
当時はどこか他人事のように考えていた言説だった。
これは同じ検索結果に出てきた別の記事だ。
一人暮らしを始めると、生活が乱れてくる。特に、男性が、そうなりやすい。衣食住という基本的な生活の仕方を男性は身につけていないことが多い。仕事ばかりしてきた男性が、何かの原因で、一人暮らしになると、途端に日常生活が難しくなる。
お酒を飲んだことが原因で亡くなった人を解剖すると、体が汚れていると感じることがある。こういった時、解剖される人は、たいてい男性だ。男性が一人暮らしを始めると、生活が乱れやすい。
あまりにも、あまりにも心当たりがあり過ぎる。
たった2年半で筆者が辿ってきた生活そのものだ。
独居者を解剖した時、死因が消化器疾患だったとわかることが多い。
消化器疾患の中では、肝硬変や食道静脈瘤の破裂で亡くなっている人が目立つ。こうした病気は、何年も前から、お酒を飲み続けているような人におこりやすい。
肝硬変はしばしば見る文字だ。
だが「食道静脈瘤の破裂」とは何と物騒な。
こちらは「飲酒 一人暮らし 男 死にたくない」と検索した結果にあった記事だ。
横沢さんは今、しらふの日々をかみしめるように暮らしている。
ミーティングに初めて参加した時に「自分を大切に」と聞かされ、「何を言っているのか、よく分からなかった」と横沢さんは振り返る。
「他人の目を気にして酒を飲み続けてきました。例えば、口下手で笑われたくないとか、手の震えを見られたくないとか、他人からどう見られているのかが全てでした」
「自分を大切に」という言葉は、
筆者が2年前の夏、十万円事件の前にオフ会で出会った元FFに言われた言葉だった。
「自分を大事に」だったかもしれない。どちらでも良い。
当時の筆者にも、その言葉の意味が理解できなかった。
先日、中学時代の古い友人と行ったバーに居た常連の人に
毎日ストゼロとジンを飲んでいるという話をしたら
「身体が可哀想だ」
と。
2年前から全く成長していないことを身に沁みて感じさせられた。
こちらは関連記事で目を惹かれた。
飲み続けて数日後には吐きながら飲むようになっていた。焼鳥屋で飲んでいた時、胸のあたりがムワッと熱くなった。いつもの吐き気と違う気持ち悪さだ。慌てて勘定を済ませた。
店を出て吐いたら真っ赤な血だった。酩酊(めいてい)してぼんやりした頭にも、とんでもないことが起きたことが分かった。怖くなった。それでも、また酒が飲みたくなった。
「これはほんの少し先の自分のことかもしれない」
という感覚と
「食道静脈瘤の破裂」
という、生々しい「死因」が頭の中でぐるぐるした。いや、今、している。
最近、内臓が腫れているような感覚を覚えることが多い。
というか、酒を飲むと最初の数口は内臓がヒリつくように痛むのだ。
もうすぐそこまで終わりが来ているのかもしれないと思うと、怖かった。
今夜、筆者は吐血しても酒を飲み続け、
翌朝に冷たくなって、
スマホに上司から鬼電が来るも誰も出ることもなく、
そのまま死体となった筆者が会社の人に発見され、
実家に連絡が飛び、
会社では辞職か何かの手続きが為され、
筆者の遺体は司法解剖ののち実家まで運搬され、
そして筆者の部屋にあるオタク・グッズは全てゴミ袋に乱雑に詰められ、
それらと併せて家具も何もかもおそらく粗大ごみとして捨てられ、
葬式じゃ重苦しい空気の中でおそらく上司と親が気まずい自己紹介をして、
一人息子を失った親と、唯一の孫を喪った祖父母はそのままゆるやかに死を待ち、
筆者の部屋は事故物件扱いされ、
ツイートをしない筆者の垢はしだいに忘れ去られ、
筆者が過ごしていたDiscord鯖も放棄され、
ただ「アル中になって死んだデブ」という程度の印象のまま、
数日もすればおそらく一部の知り合いを除けば大半の人間から忘れ去られる。
ここまで想像力を働かせてもなお、
心のどこかで「酒が飲みたい」という欲望が渦巻いている。
アルコール依存症は自分の意思だけでは、どうにもならない病気だ。自分の無力さを痛感し、誰かに本当に助けを求める気持ちになった時、アルコール依存症から生還できる可能性が生まれると言われる。
だが、同時に先ほどの記事にあったこの一節を見て思うのだ。
自分の意思だけでどうにもならない病気を、
自分の意思だけでどうにかしたら筆者は自分のことをどれほど誇りに思えるだろう。
このアルコール依存症という病は、
酒好きな人間の尊厳を試すための病なのではないか。
そもそも、酒に限らずこの現代社会には人々を誘惑するものが渦巻いている。
人々の欲望を喚起し、増幅して経済が回っている。
中には能動的に抗わないといけない誘惑もあるだろう。
だが、飲酒欲に抗うために必要な行動はただ「何もしない」だけで良いはずなのだ。
それにもかかわらず、飲酒欲から抗えないのがアルコール依存症だ。
何と恐ろしく、非人道的な病なのだろうか。
まるで奴隷に対する主人のように、見えない鎖で人を動かすこの病に、
「何もしない」ことで打ち克つ。
これは自分が自分の意思を持っているという尊厳を守る戦いに他ならない。
筆者の経験で例えるならば、
Twitterの様々な炎上騒動に首を突っ込み、
他人の不幸や失敗を指差してあれこれと振り回される状態から、
一切そのような情報に触れない生活を送ることで、
自分の関心事に集中できる状態になるようなことだ。
この経験で、筆者は他者に振り回されない自由を得た。
アルコール依存症という状態から、
酒に意識的に触れない生活を送ることで、
より自分の関心事に集中できる状態になる。
だってそうだろう?
俺は酒を飲むことは嫌いじゃない。
だが見えない何かに急かされるように酒を飲むような生活は、
健康を害する以前にプライドが傷付けられるのだ。
結果的に身体が健康な状態になるだけで、
人にとって最も重要なことは誇りや尊厳なのだ。
これが「自分を大切に」することなんだと今なら分かる気がする。
それにしても、あぁ。
人間として生きることは、なんと困難なことなんだろう。
関係無い話を少々。
先述の中学時代の古い友人とは、しばしば渋谷で遊ぶことがある。
渋谷は(昨今の東京の街の例に漏れず)海外の観光客が非常に多い街だ。
だが、日本人も当然歩いている。
特に、女性はオシャレな恰好で、健康的な体型である。
ほとんどの渋谷の女性は筆者のように酒に依存などしていないだろう。
ふと思うのだ。
女性だからかもしれない、
元々飲酒する習慣が無かったからかもしれないが、
筆者がここまで考え抜いて得た答えを、
すまし顔で実践した上で尚、忙しそうに生きている彼女達は、
なんと人として素晴らしいのだろう、と。
善い生活が習慣になってしまえば楽なのかもしれないが、
それでも、この誘惑の多い人間社会で落ちぶれず生き抜いていること。
「自分を愛せなくては人を愛せない」
という言があるが、
文字通り自分が苦労して「普通の人間」をやっているからこそ、
「普通の人間」をやっている他者のこともリスペクト出来るのだ。
と、そんなことを考えている。
そろそろ〆よう。
今夜からどうにか飲まないようにしていきたい。
一度二度、いや、三度は飲んでしまうかもしれない。
だが、失敗を素直に受け止めて、何度でもアルコール依存症に挑みたい。
初志は忘れない。
いや、忘れっぽい筆者のことなので忘れそうだな。
だが、これは尊厳を守るための、意地の張り合いという戦いだ。
実家でずっとアニメ嫌いの家族の中で筆者がやってきた、
みっともない意地をどこまでも貫くという自由のための戦いだ。
頑張ろう。
ここまで読んでくださった方がいるかは分からないが、
もし貴方もアルコール依存症で苦しんでいるなら
気が向いたらで構わないので、共に戦おう。それでは。